りぼんの読書ノート

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地球の果ての温室で(キム・チョヨプ)

SF短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』で日本でも人気を博した韓国の若いリケジョ作家の長編が出版されました。コロナ禍の最中に書かれた本書には、滅亡の危機から立ち直った世界が描かれています。絶望の底にあってもくじけなかった人々は何を思っていたのでしょう。

 

自己増殖する毒物であるダストの蔓延で世界中の動植物が死に絶える大厄災から、ようやく復興を遂げて60年後の物語。生態学者のアヨンは、ダスト時代後期に大繁殖したモスバナという蔓草の異常繁殖を調査していました。モスバナの秘密を知る者を探していたアヨンはエチオピアで、この世界を復興させた魔女と噂される老婆ナオミにたどり着きます。彼女が語りだしたのは、大厄災時代を生き抜いた幼い姉妹アマラとナオミの物語であり、歴史に埋もれた生物学者レイチェルとジスの物語でした。

 

天空から降り注ぐダストを防ぐドームシティの中で人々が細々と生き延びていた時代、壊滅したドームから脱出した姉妹は、深い森の中に存在するという楽園に奇跡的にたどりつくことができました。その森はダストの中でも死滅することなく、人々は防具もつけずに暮らしていたのです。村を守ってきた女性リーダーのジスと、温室に籠ってばかりのレイチェルは、どのような秘密を抱えていたのでしょう。しかしついに楽園も消え去った時に世界中に散らばった村人たちは、ジスの信念に支えられ、レイチェルが育てたモスバナの苗を携えていたのです。

 

テーマと視点が明確だった短編集と比べるとやや冗長に感じましたが、社会的弱者に寄り添う視点と抒情性あふれる文体を持つ著者にふわさしい作品だったように思えます。モスバナは使命を終えて歴史の彼方に消え去ったのではなかったのですね。遺伝的多様性を獲得して他の植物と共存することで生き延びたモスバナが、アマラやナオミを経てアヨンに伝わったジスやレイチェルの思いと重なります。

 

2023/8