りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

香君 上 西から来た少女(上橋菜穂子)

日本を代表するハイ・ファンタジー作家の新作は、植物の物語でした。タイトルの「香君」とは、語らない植物が発する声なき声を、香りとして聴く能力を持つ活神のこと。

 

物語の舞台となるウマール帝国は、遥か昔に初代「香君」がもたらしたとされる奇跡の稲「オアレ稲」によって版図を拡大させてきました。。どんな土地でも大量に収穫可能で、冷害にも干害にも虫害にも強く、連作障害もなく、栄養も味も申し分ないオアレ稲の唯一の弱点は種籾を育てられないこと。種籾を得るには帝国に隷従して購入する必要がありました。代々選ばれてきた香君は、帝国の政治とは一線を画した宗教的な存在のようですが、帝国のバックボーンになっているようです。

 

物語の主人公となるのは、辺境の属国「西カンタル藩王国」の藩王の孫娘である15歳のアイシャ。生まれつき人並外れた嗅覚を持つアイシャは、植物や昆虫たちが香りで行っているコミュニケーションを「香りの声」のように感じながら育ちましたが、祖父の失脚の後で運命は激変。当代の香君であるオリエのもとで働くことになります。その頃、帝国にはかつてない危機が訪れようとしていました。虫がつかないはずのオアレ稲に、不思議な害虫が発生したのです。オアレ稲に過度に依存していた帝国と属領が、凄まじい食糧難に見舞われる陥るのは必至。アイシャは香君として生きることを強いられてきたオリエとともに、オアレ稲に秘められた謎に迫っていくのですが・・。

 

人間と病の関りをテーマとした『鹿の王』と同様、人間と植物の関りがテーマである本書も、一筋縄ではいかない物語です。著者がこの複雑な物語をどのように進めていくのかが気になります。現実世界で正解を見いだせていない問題に対して、明快な解答など期待してはいけないことはわかっているのですが。

 

2023/8