りぼんの読書ノート

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香君 下 遥かな道(上橋菜穂子)

虫害に強いオアレ稲を食い荒らす害虫オオヨマが発生。奇跡の作物であるオアレ稲に過度に依存している世界に、崩壊の時が迫っています。遥か昔にこの稲を神郷からもたらしたという香君の名を継ぐオリエと、植物が発する声なき声を香りとして聴く能力を持つアイシャは、この事態に立ち向かえるのでしょうか。そして香君の存在を利用して帝国を統治してきた為政者たちは、どう対応していくのでしょう。

 

どうやら初代香君が禁じた製法による改良品種がオオヨマを発生させてしまったようですが、それだけでは終わりません。オアレ稲があげた、救いを求める叫び声のような香りは、さらなる災厄を呼び寄せてしまいました。全てを食べ尽くしてしまう変種のバッタが飛来してきたのです。イメージは蝗害ですね。かつて皇祖が口にしたという「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」の言葉が現実になってしまうのでしょうか。そしてそれは、オアレ稲が呼びよせた災厄なのでしょうか。

 

生態系の合理性と謎を解き明かさない限り、人為的に歪められてしまった自然をもとに戻すことはできません。そもそも生態系の一部に過ぎない人間が、全てをコントロールすることなど不可能なのです。ただでさえ苦しく長い道のりであるのに、香君やアイシャの試みを阻むものはほかにもあるのです。為政者たちの陰謀や思惑。揺れ動く民衆心理。道半ばで倒れた香君に代わって、アイシャは皇帝に選択を迫るのですが・・。

 

遺伝子の多様性が失われていくことへの危機感が、著者に本書を書かせたとのこと。しかし本書は単なる警鐘の書ではありません。本書におけるアイシャや、『鹿の王』で感染症に立ち向かったホッサル医師のような者たちに応援を送っている作品だと思うのです。著者は「人の間のわずかな影響関係が、人類を滅亡させずにいる理由なのではないか」と語っているのですから。

 

2023/8