りぼんの読書ノート

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後悔の経済学(マイケル・ルイス)

統計重視の野球理論『マネーボール』や、リーマンショックの顛末『世紀の空売り』などで知られる著者が綴った「認知心理学」の誕生物語。「人間の直感はなぜ間違うか?」という命題を突き詰めて、あらゆる学問の常識を覆した、2人の天才心理学者の共同研究に挑みます。

 

彼らが見出した「プロスペクト理論」とは、心理学用語で「ヒューリスティック」と呼ばれる、無意識の意思決定に潜む誤りの法則です。代表例は、類似性からの類推にすぎない「代表性」、見慣れたものを信じる「利用可能性」、一貫性を信頼してしまう「妥当性」、初期値に左右される「係留と調整」、見たいものだけを見る「確証バイアス」などであり、今では心理テストや常識クイズなどでもお馴染みの概念。しかし権威やモデルの無謬性を前提としていた1970年代においては、画期的なことだったのです。

 

2人の心理学者とはダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキー。どちらもイスラエル人ですが、経歴も性格も全く異なっています。「疑うダニエル」と「発見するエイモス」の生い立ちやエピソードを丁寧に調査した著者は、2人の蜜月時代と関係の破綻、そしてエイモスの死後にダニエルがノーベル経済学賞を受賞する場面までを描き切りました。その背景にはナチスからの逃避行や数次にわたる中東戦争もあったのです。

 

ところで「プロスペクト理論」の悪用が、近年になって大問題となっています。錯覚を起こすメカニズムによって無数のデマやフェイクニュースを信じさせ、分断主義や疑似科学やターゲットマーケッティングが大手を振って信者を増やしているのです。生成AIはこの風潮を断ち切る救世主となるのか、それとも悪用されて大魔王となってしまうのか。もちろんそれ以前の問題として、ひとりひとりの人間が認知のパラドックスに陥らないことが最重要なのですが、もはや楽観視できない段階まで来ているように思えてなりません。

 

2023/8