りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

オールドレンズの神のもとで(堀江敏幸)

散文の名手である著者が、10数年に渡って書き綴った18作の掌編が1冊に纏まっています。これといった事件も起こらず、ドラマ性もない普通の日常生活の積み重ねであるのに、記憶というものの豊饒さが感じられます。

 

故郷で再会した同級生。時の経過の中で去っていった人。伯母が詰めてくれた杏ジャム。街角で実をつける果樹。ふと気づかされた人間関係。妻の地元に建てた家。大怪我をした生徒を思い遣る教師。天女のようだった亡妻。黒電話から聞こえるやわらかい声。真っ黒に汚れた絵の正体・・。

 

長編『めぐらし屋』の初代の物語や、奇妙な寓話性をたたえた「ハントヘン」、異世界の存在を感じさせる「あの辺り」が印象に残りましたが、表題作の「オールドレンズの神のもとで」は趣のある作品です。前衛的な印象写真で知られる植田正治氏の写真集に想を得た短編であり、「モノクロの世界から色を受け入れる瞬間のためらいやとまどいを溶け込ませた」作品だとのこと。著者による各作品の来歴が、文庫版あとがきにかえて記されています。

 

2023/7