りぼんの読書ノート

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王朝日記の魅力2『更級日記』の魅力(島内景二)

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NHKラジオ講座「古典講読」を担当している著者が、講座内で語り切れなかった王朝日記の魅力を綴った作品です。第1章が「蜻蛉日記中巻」、第2章が「更級日記」、第3章が「和泉式部日記」という構成になっていますが、独立している2章と3章を読んでみました。

 

更級日記』は、わずか10年ほど前に書かれたばかりの『源氏物語』に死ぬほど憧れた東国在住の13歳の少女のストレートな心情からはじまり、日記を記した52歳に至るまで必死に生きてきた人生を振り返った作品です。上京して『源氏物語全巻』を手にした少女が歓喜にむせる場面も、夫の病死に深く悲しむ場面も、子供たちが巣立った後に仏教に傾倒していく心情も感動的でした。

 

しかし日記の著者である菅原孝標の娘は『更級日記』のほかにも『夜の目覚め』や『浜松中納言物語』という物語を書き著した作家でもありました。本書の著者は「『源氏物語』に深く没入した読者はある種の不満を抱くことがあり、その違和感が新しい物語の種となる」と述べています。その上で著者は、日記の作者が「よくぞここまで『源氏物語』と戦ったという満足感を抱いていたのではないか」と推察しています。作者が生み出したのは『源氏物語』とはタイプが異なる新しい作品だったのです。

 

『夜の目覚め』は姉の夫と愛し合ってしまった妹の苦しみを描いた作品です。姉の視点で綴られた「宇治十帖」の先に広がった世界を妹の視点で綴ったとの解釈も成り立ちますね。不義の子を産み、不義の事実を姉に知られてしまうという苦しみの中でもがき続ける物語。しかも作者自身の姉夫婦との関りも反映されている可能性もあるとのこと。『源氏物語』と同様に通俗的なメロドラマが倫理観に満ちた純文学となった奇跡的な作品なのですが、死で終わらせない姉妹の物語はより現代的に思えます。

 

中国の后が日本に生まれ変わって愛する男と添い遂げようとする『浜松中納言物語』は、三島由紀夫が『豊饒の海』4部作の着想を得た作品として有名です。輪廻転生がテーマなのですが、ここでも著者は「宇治十帖」との関りを指摘します。比叡山中腹の山里で清らかに暮らす浮舟は薫大将の呼びかけを拒絶しますが、こちrらの中国の后は、死後のユートピア須弥山を飛び出して愛に生きることを決意する女性です。こちらもかなり現代的な物語と言えるでしょう。「古典は古びない」と語る著者が手引きしてくれる世界は、あまりにも豊穣です。

 

2022/2