りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

亥子ころころ(西條奈加)

武家出身の菓子職人・治兵衛、出戻り娘のお永、孫娘のお君が営む麹町の小さな菓子屋「南星屋」を舞台とする江戸人情話のシリーズ第2作。前作『まるまるの毬』では、お君の縁談が破談となった顛末が、思いがけない治兵衛の出自と絡めて語られましたが、本書では新たな人物が登場します。

 

ある日、店の前で行き倒れていた男は、各地を転々として修業してきた雲平という菓子職人でした。彼は番町にある旗本屋敷で奉公していた亥之吉という弟弟子の消息が絶えたことを心配して、修行中の京都からやってきたのです。折しも手首を痛めていた治兵衛は、雲平を滞在させて菓子作りを手伝わせますが、互いの腕と知識を認め合っていきます。しかも雲平とお永が似合いの年ごろだと思うのですから、気が早いもの。心を改めて近所に戻っており、お永とやり直したいと願っている前夫の修蔵も気が気ではありません。しかし、亥之吉が旗本屋敷から出奔した理由とは何だったのでしょう。

 

江戸期の職人の心意気が伝わってくるシリーズです。日本中を修業して回った治兵衛が作る、越前の翡翠、伊勢の長餅、盛岡の豆銀糖、明石の塩味饅頭、小布施の栗鹿の子、木曽の栗きんとん、関宿の関の戸、京の雲平や亥の子餅など、各地の銘菓も美味しそう。現在はどこにいても、日本はもちろん世界中の菓子を入手できるようになっていますが、旅先で土地の味を楽しむ贅沢さには及びませんね。もっとも一番おいしいのは「人情」だそうです。

 

2023/7