2009年の日本ファンタジーノベル大賞受賞者による、月をモチーフとした中編集。あえてジャンル付けをするなら、ダーク・ファンタジーというところでしょうか。3作とも想像力の限界に挑戦しているようです。
「そして月がふりかえる」
突然月が裏返ってダークサイドを見せた途端、主人公は現実からはじき出されてしまいます。ようやく手にした誇れる仕事も、大事な家族も、自分の名前さえもが、見知らぬ誰かに乗っ取られてしまったのです。彼に残されたものは、あるいは自分が歩んでいたかもしれない冴えない人生の名残だけ。彼は自分の人生を取り戻すことができるのでしょうか。ところで月の裏側にはあばたのような浅いクレーターが散らばっているばかりで、表側のような深い海はないとのとです。
「月景石」
早逝した叔母の形見は、月の風景が表面に浮かんでいる石でした。「その石を枕の下に入れて眠ると月に行ける。でも、ものすごく悪い夢を見る」と言っていた叔母の言葉にはどのような意味があったのでしょう。姪の澄香が見た夢は、月世界の人々を支えてきた巨大な神樹の運命に関わるものだったのですが・・。しかしそれは単なる夢にすぎないのでしょうか。覚めない夢は、主観的には現実でしかないのですから。
「残月記」
明月期には心身が高揚し、隠月期には昏迷に陥るという架空の感染症「月昂」は、まるで「狼男伝説」のようです。カリスマ的な暴君による独裁体制に陥った近未来の日本では、強制隔離される一方で、明月期の月昂者たちを闘わせる娯楽も提供されていました。「グラディエイター」と「円空伝説」を掛け合わせたような悲恋物語ですが、独特の世界を作り上げた力作です。
2023/7