りぼんの読書ノート

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アメリカ最後の実験(宮内悠介)

コンピューターを用いた音楽制作に携わっていた著者による、「音楽格闘SF小説」です。アメリカ西海岸にある架空の難関音楽大学院の受験生である脩を主人公とする物語は、3つの要素から成り立っているようです。ひとつめは即興音楽による対決をベースとする風変わりな入学試験。ふたつめは行方不明になっている脩の父親捜し。そして3つめは「アメリカ最初の実験」とのメッセージが残された殺人事件の発生。やがて事件は、第2、第3と連鎖的に拡大し続けていくのです。

 

それら3つの要素はやがて相互に関連し合い、「音楽とは、突き詰めれば人間に対するハッキングだ」という命題にたどり着きます。脩の父親がネイティブアメリカンの少女に遺した「パンドラ」というシンセサイザーにはどのような秘密が隠されていたのか。音楽を街から消し去る手段とは何だったのか。そして音楽が消えた街では人々はどのように変わってしまうのか。

 

このような「理論的な物語」を彩るのは、多彩な登場人物たちです。演奏のたびに「未知の土地」を幻視する脩。マフィアの一人息子ながら天才的なピアニストであるザカリー。貧民街で生まれ育った巨漢のマッシモ。音楽理論を極めたリロイ。かつて脩の父親に救われたヤク中のコールガールだったリューイ。「音楽というゲームの先にあるもの」を切実に探求する者たちの真摯な挑戦が、この物語を小説として成立させているのでしょう。

 

2023/6