りぼんの読書ノート

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オランダ宿の娘(葉室麟)

オランダ商館の医師であったシーボルトが禁制品の日本地図などを持ち出そうとしたことで、シーボルトは国外追放、首謀者とされる天文方の高橋景保は獄死、ほかにも多くの蘭学門人が過酷な処分を受けました、世にいうシーボルト事件です。この事件の真相は明らかにはなっておらず、幕府の意図、黒幕の存在、讒訴者の特定などを巡る研究や小説の題材にもなりました。

 

本書はそのシーボルト事件を、江戸市井の姉妹の視点から描いた作品です。江戸に参府するカピタンの宿・長崎屋に生まれたるんと美鶴の姉妹は、全くの傍観者ではないものの、もちろん政治や陰謀とは何の関りもありません。しかし姉妹の想い人たちが、蘭学者を目指す青年であったり、長崎通辞であったりしたことで、彼女たちも否応なしに事件に巻き込まれていくのです。

 

著者が好んで描く女性像は「愛という己の軸を失わず、家族や夫や恋人のために奔走する、精神的に強い女性」なのですが、本書の姉妹も例外ではありません。シーボルト事件を密貿易組織や江戸の大火と関連付ける構想のもとに書かれた作品ですが、純粋な姉妹が抱くことになる義憤こそが、著者が描きたかった真の主題であったように思えます。

 

2023/6