りぼんの読書ノート

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出島の千の秋(デイヴィッド・ミッチェル)

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クラウド・アトラス』の著者による「日本の出島を舞台とする群像劇」というと少々意外な気もしますが、著者は大学卒業後に日本語教師として8年間広島に滞在していたとのこと。日本人だけが登場する奇談的な第2部ですら、日本人が書いた物語のように思えるほどの腕前です。

 

第1部の主人公は、陰謀と詐欺が横行する出島に赴任してきた、若いヤコブ・デズート。尊大な態度を示すものの不正を正す高潔な人物である新館長フォルステンボースに誠実に仕えながら、オランダ人から見た東洋の島国の不思議な風習を理解していきます。知識欲旺盛な通辞の緒川と交友を深め、医師の娘で産科医クラスの腕前を持つ若い産婆の織斗に淡い恋情を抱くものの、最後になって上司から手ひどく裏切られることになるのでした。

 

第2部は織斗と緒川の物語。長崎奉行に強い影響力を持つ小藩主の榎本が、実は邪教の信者であることが明かされます。産婆としての力量を認められたが故に邪教の拠点に幽閉されてしまった織斗は、不幸な女性たちへの憐憫と自由への渇望の葛藤に苦しみます。その一方で、かつて彼女を愛していた緒川は、織斗の救出へと向かうのですが・・。

 

そして第3部では、フェートン号事件を思わせる英国軍艦の出島襲撃事件によって、登場人物たちの人生が再び交差していきます。本書の物語の時代は1800年。イギリスは、フランス革命勢力の傀儡国家となっていたオランダと交戦して海外植民地を接収し、出島商館の上部組織であるオランダ東インド会社などは既に消滅していたのです。ヤコブ長崎奉行と協力して、オランダ商船の略奪と日本の開国を望む英国海軍のベンハリガン艦長の砲撃を耐えこらえるのですが・・。

 

登場人物たちの人生は瞬間的に交差するだけですが、それが決定的な意味を持つこともあるのです。『クラウド・アトラス』の末尾に書かれた「人生は限りない海のたったの一滴でしかない。だが、どんな海も数知れない一滴からなるのではないか」との一文は、本書においても重い意味を持っているようです。それと「個人においては利己主義が魂を醜くする。人類においては利己主義は絶滅を意味する」という言葉も。

 

2021/5