りぼんの読書ノート

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天草の雅歌(辻邦生)

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廻廊にて夏の砦が、中世のタピスリに織り込まれた不滅の芸術性の物語として対になっているように、安土往還記嵯峨野明月記と本書とは、安土桃山時代の終焉を謳いあげた3部作なのでしょう。

本書の舞台は、家康時代に興隆を極めた東南アジア諸国との朱印船貿易が、鎖国政策の進展に連れて制限を受け、ついにはすべての日本人の海外渡航と帰国を禁止する第3次鎖国令によって終焉を迎えた時代。その中で翻弄された長崎奉行所の通辞・上田与志と混血の美女コルネリアの悲恋を描いた作品です。

日本国内での鎖国派と海外交易派の争いは、保護貿易によって利権を得ている割符商人と自由貿易派の新興商人の争いであるだけでなく、薩摩など九州諸国の武装解除をもくろむ幕府の意向が絡んで複雑な様相を呈していました。しかも国内の各勢力は、アジア交易の覇権抗争を繰り広げている、イスパニアポルトガルやオランダという外国勢力と微妙な関係を持っていたのですから、事態は複雑。グローバルな視点を持たないと、この時代を理解できないんですね。

結果は歴史が証明している通りです。鎖国令によって、それまで東南アジアで朱印船と競合していたオランダ領東インド会社が出島貿易を独占して巨利を得ることになり、国内では保護貿易派の利益が温存されます。そして、薩摩などの九州諸国も幕藩体制に深く組み入れられていくのです。

その動きは、17世紀の日本に生まれたコスモポリタニズムを根絶させてしまいます。長崎通辞として諸々の陰謀に巻き込まれながらも、コスモポリタニズムの息吹に触れてコルネリアを愛した上田には、もはや悲劇へと向かう道しか残されていませんでした。

しかし本書は、単純な悲劇の書ではありません。冒頭で、不可解で不面目な死を遂げたと記録された上田与志の生涯が、強い熱情をもって愛に殉じた実り多いものであったことを、本書を読み終えた読者は知るのですから・・。

2012/2再読


次はいよいよ大名作『背教者ユリアヌス』の再読です。^^