1.出島の千の秋(デイヴィッド・ミッチェル)
『クラウド・アトラス』の著者による「日本の出島を舞台とする群像劇」というと少々意外な気もしますが、著者は大学卒業後に日本語教師として8年間広島に滞在していたとのこと。陰謀と詐欺が横行する出島に赴任してきた、若いヤコブ・デズートは、東洋の島国の不思議な風習をどのように理解していくのでしょう。日本人通辞と女医の恋愛が絡む奇譚をはさんで、フェートン号事件を思わせる英国軍艦の出島襲撃事件が起こり、登場人物たちの人生が再び交差していきます。『クラウド・アトラス』の末尾に書かれた「人生は限りない海のたったの一滴でしかない。だが、どんな海も数知れない一滴からなるのではないか」との一文が、本書においても重い意味を持っているようです。
2.地図集(董啓章)
1967年に香港に生まれた著者は、、香港人としてのアイデンティティを保ち続けるために書き続けているようです。表題作は、未来の考古学者がさまざまな香港の地図を読み解いていくという不思議な物語。清朝に描かれた山水画にはじまり、英国軍による香港占領前の測量図や、英国領時代に干拓や開発で激しく変貌していく香港の地図などから、「妄想」や「虚構」を紡ぎ出していく作業は、もちろん中国返還を意識しています。53編の断章の全てから、消え失せようとしている香港への愛と哀しみが感じられます。
3.海と山のオムレツ(カルミネ・アバーテ)
南イタリアには、中世にオスマン帝国の圧政から逃れてきたアルバニア移民が築いた村々が点在しているそうです。それらの村の多くは貧しく、北イタリアやドイツ、フランスへと出稼ぎに行く人々が多いとのこと。そんな村のひとつに生まれた著者も、バーリの大学に進んだ後にはハンブルクでイタリア語教師となり、さらには北イタリアのトレンティーノで家庭を構えるに至っています。そんな著者が、懐かしい食べ物の記憶と結びつけながら自分の半生を綴った作品です。その中には「思い出を焼き尽くすことができる」ほどに辛い唐辛子もあるのですが。
【次点】
・海と山のオムレツ(カルミネ・アバーテ)
・罪人を召し出せ(ヒラリー・マンテル)
【その他今月読んだ本】
・掃除婦のための手引き書(ルシア・ベルリン)
・サンセット・パーク(ポール・オースター)
・デイゴ・レッド(ジョン・ファンテ)
・斜陽(太宰治)
・チンギス紀 8(北方謙三)
・鏡影劇場(逢坂剛)
・ヴァスラフ(高野史緒)
・岩伍覚え書(宮尾登美子)
・帰郷の祭り(カルミネ・アバーテ)
・バンディーニ家よ、春を待て(ジョン・ファンテ)
・イマジン?(有川ひろ)
・クジラアタマの王様(伊坂幸太郎)
・ウナノハテノガタ(大森兄弟)
2021/5/31