りぼんの読書ノート

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ヴァスラフ(高野史緒)

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タイトルは「ヴァスラフ・フォミッチ・ニジンスキー」のこと。1889年に生まれて1950年に亡くなった不世出のバレエダンサーです。第1次大戦中に戦争捕虜となったこともあり、晩年は精神を病んだことでも知られています。

 

本書は、コンピューター・ネットワークが張り巡らされた20世紀初頭のロシア帝国で、バーチャルなバレエダンサーとして生み出された存在こそがヴァスラフであったとする物語。バレエのインターネット公演のために、モーション・キャプチャーでバーチャル化されたダンサーたちの相手役として生み出された存在がヴァスラフでした。しかし帝国は次第にヴァスラフへのコントロールを失っていきます。ヴァスラフは、皇女ジゼルを狂気へと追い込み、天才プログラマーであるイワン皇太子の魂を求めるようになるのです。脳波アクセス機能を有する伝説的ハッカーのオデットは、全てを見届けるようにヴァスラフから頼まれるのですが、彼女もやがて現実と虚構の狭間に落ち込んでいくのかもしれません。

 

本書は著者の第4長編ですが、実は高校時代に書いた短編を8度に渡って書き直した作品であるとのこと。デビュー3年にして「所詮世の中は何処へ行っても前例や横並びとの戦いであると思い知らされてきた」という著者が、皆川博子佐藤亜紀に叱咤激励されて完成させた作品です。ウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』に端を発するサイバーパンクですが、自ら「神の道化」であると語り、晩年は狂気の世界へと墜ちてしまったニジンスキーを登場させただけでも凄い発想といえるでしょう。

 

2021/5