りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

雲州下屋敷の幽霊(谷津矢車)

時代小説に新風を持ち込んだ若い著者の最初の短編集ですが、全体を通して読むと、幕末から明治にかけて活躍した落合芳幾という浮世絵師の再生物語となっています。歌川国芳の門下で月岡芳年と並び称された無残絵を得意とする芳幾は、明治に入ってからは新聞の挿絵画家に転身し、さらには新聞事業そのものに傾注。しかし彼が籍を置いていた歌舞伎新報社は、明治政府による風紀紊乱規制によって歌舞伎の演目が敵視されるに至って経営不振に陥ってしまいます。第一級の狂言作者である河竹黙阿弥に新ネタを提供すべく、古書店を訪ねるのですが・・。

 

「だらだら祭りの頃に」

父親に売られて流れ着いた廓で火付けを起こし島流しとなった大坂屋花鳥は、島抜けに成功して江戸に戻ってきていました。彼女を生き延びさせたのは父親への復讐心だったのです。苦界とは遊女としての境遇のみならず、人間界すべてのことなのかもしれません。

 

「雲州下屋敷の幽霊」

隠居を強いられて鬱屈している元雲州候の松平宗衍は、常軌を逸した奇行を繰り返していました。戯れに侍女の背中に幽霊の刺青を入れさせ、裸で仕事をさせるのですが、侍女はひたすら生きている喜びを口にし続けます。やがて精神的に追い詰められていくのは、虐待者である宗衍のほうだったのです。

 

「女の顔」

多額の持参金とともに婿入りしてきた旦那を虐げて殺めた白子屋お熊は死罪となりました。しかし毒を盛った実行犯の女中の証言は、さらに陰湿な事実を明らかにするのです。精神を支配されることの怖さは、現代にも通じているようです。

 

「落合宿の仇討」

腕のいい猟師はなぜ、殿様を仇として狙い続けていたのでしょう。猟師を討ち取るために雇われた用心棒は、自らの拠って立つ基盤を壊された思いに苛まれます。

 

夢の浮橋

吉原百人切りと騒がれた刃傷事件によって不具となった禿は、どのような生き様を晒し続けているのでしょう。苦界に落ちた女は、身近な人間を踏み台にしないと溺れてしまうとのこと。しかし、初めの物語にあったように、苦界とは人間界すべてのことなのです。

 

5編の物語は、おそらく実話ではありません。しかし事実なんて無味乾燥なものであり、虚実皮膜の物語の中にこそ、時代を超えても人心に訴えかける要素が存在しているのでしょう。芸能にまでも時代考証を義務付けた演劇改良運動の無意味さを悟った落合芳幾は、絵師として再生を果たせたのでしょうか。

 

2023/3