りぼんの読書ノート

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玉蘭(桐野夏生)

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2001年の作品である本書では「現在の上海」の描写が既に古臭くなっているのですが、そこが問題になる作品ではありません。異国の地である上海を舞台に繰り広げられる、「現在」と「過去」の2組の男女の思いが交差する物語です。

「現在の物語」の主人公は、東京での張りつめた生活と恋愛から逃げるように上海にやってきた広野有子。「ここではないどこかで」新しく生まれ変わりたいと願っていた有子は、上海の語学学校での日本人留学生の関係も東京の縮図でしかないことに気付かざるを得ません。上京も恋愛も「戦争」と捉えていた有子が壊れていく様子は、『グロテスク』の和恵を思わせます。彼女を追ってきた松村行生の影は薄いですね。

「過去の物語」の主人公は、有子の叔父であり、別天地を求めて戦争直前の上海で船乗りとして働いていた広野質です。広東で知り合った宮崎浪子という、やはり過去のある薄幸の女性と暮らし始めるのですが、肺病に犯された浪子の命は消えようとしていました。

有子の前に現れた質の幽霊が、時代を異にする2組の男女の関係を結びつけるのですが、「幽霊」という言葉で表わされるのはそれだけではなさそうです。男女の間で交わされる嘘もまた。実体のない「幽霊」なのでしょう。松村の前に現れた有子の存在だって、有子が語った言葉だって、「幽霊」なのかもしれないのです。

「玉蘭」とは木蓮にも似た白い厚めの花であり、2つの花を細い針金で繋いだ細工物も同じ名前で呼ばれるのだそうです。2つの物語を繋ぎ合わせた物語のラストに登場する老女・登美子の開き直った人生観が、2人の女性を救っているようにも思えます。

2017/4