りぼんの読書ノート

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平家物語 犬王の巻(古川日出男)

池澤夏樹選『日本文学全集』において『平家物語』の現代語訳を書き上げた著者による「平家物語異聞」は、「広大な小説空間を亜音速で走り続ける」作品でした。わずか200ページの分量で、平家物語に関わり続けた2人の異能な人物の生涯を描き切っているのです。

 

ひとりは犬王。室町時代の京で世阿弥と人気を二分しながらも歴史から消された天才能楽師は、出生の瞬間から呪われていました。近江能楽の一座を率いる父親が、平家にまつわる秘話を得るために魔性のものに捧げたものは、生まれてくる息子の無垢の美だったのです。不浄で醜悪な犬王の身体は、猿楽の技を身に着けるたびにパーツごとに美を取り戻していきます。まるで『どろろ』の百鬼丸のようだ。

 

犬王が得た平家物語異聞と犬王の生涯を琵琶の音に乗せて語り続ける者は、壇ノ浦に沈んだ草薙剣を垣間見たことで視力を失い、琵琶法師となった友魚。少年時代に出逢って友情を育んだ2人は、かつて誰も見たことがない物語と、誰も聞いたことがない歌曲を生み出していきます。しかし大衆から圧倒的な人気を得た2人の前に、「現代の清盛」を自認する時の権力者、足利義満が立ちふさがるのでした。

 

怨念を宿した霊が語り舞うことで浄化されていく「夢幻能」の世界が、疾走する物語の中で広がっていきます。アニメ映画化されましたが、原作の雰囲気を毀損していなければ良いのですが。

 

2023/2