りぼんの読書ノート

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三人孫市(谷津矢車)

石山合戦織田信長を苦しめた鉄砲傭兵集団「紀州雑賀衆」の頭領であった雑賀孫市という人物については、よく知られていないようです。石山合戦で討ち死にしたとか、後の秀吉による紀州攻略時に謀殺されたとか、関ケ原の戦いの後に水戸藩に仕官したとか、さまざまな説があるとのこと。本書は、雑賀の有力者であった鈴木家の三兄弟が、それぞれに「孫市」を名乗ったとの設定で描かれました。

 

主人公となる雑賀鈴木家の3兄弟は、うまれつき病弱ながら優れた鉄砲用兵術を編み出した長男の重方、侍大将としての器量に優れた次男の重秀、孤高の射撃の天才である三男の重朝。織田・浅井・三好などの有力大名や、彼らに匹敵する力を持った本願寺一向宗勢力や、信長の跡を継いだ秀吉らが生み出した、戦国末期の大きな歴史のうねりの中で、彼らの運命はなぜ3つに分かれてしまったのでしょう。その背景には、紀州に伝わるヤタガラス信仰の巫女となった3兄弟の幼馴染・さやを襲った悲劇があったのです。

 

司馬遼太郎の『尻啖え孫市』は、あえて複数人物の事跡を1人に集約して魅力的な人物を創作した作品ですが、本書は逆に3兄弟それぞれに孫市を名乗らせることで、一族が敵味方に分かれて戦わざるを得なかった戦国期武将の悲劇と、兄弟間の愛憎を描いたわけです。なかなかの力作でした。

 

2023/1