りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

死者の軍隊の将軍(イスマイル・カダレ)

世界的名声を博した東欧出身の小説家というと、反体制とか亡命というイメージがつきまといますが、1936年にアルバニアで生まれた著者は、人生の大半を祖国で暮らし続けました。しかも戦後のアルバニアに独裁体制を敷いたホジャ第一書記とは私的な親交もあったとのこと。しかし著者の作品は決して体制寄りのものではありません。しばしが党内保守派の批判を受け、発表を認められなかった作品も少なくないようです。

 

1963年に出版された本書は、第二次世界大戦時にまずイタリアに、次いでドイツに占領されたアルバニアの人々の心情を描いた作品です。戦後10数年たってアルバニアで戦没した兵士の遺骨回収のために訪れたイタリアの将軍は、何を思うのでしょう。

 

難度も繰り返される雨、霧、靄、黒雲、泥、腐葉土などの描写が、物語のトーンを陰鬱に染め上げています。将軍の遺骨収集にかかわるエピソードも、予定の遅れや、人違いや、作業員の感染や、同行する司祭との感情的な軋轢や、同じ目的でアルバニアを訪れているドイツ軍中将との遭遇など、明るくないものばかり。そして過去の怨恨も蘇ってくるのです。イタリア軍が設置した娼館で父に射殺された売春婦。水車小屋に匿われていたところを懲罰隊に見つかり処刑された脱走兵。夫を縛り首にして娘を辱めた大佐を人知れず殺害した老婆・・。「無敵の死者の軍隊を率いて過去のあらゆる戦闘で連戦連勝を収める」との妄想に浸る将軍が、この戦いに勝利することはなさそうです。

 

本書はイタリアとアルバニアで映画化されたそうですが、イタリア版で将軍を演じたのは、名優マルチェロ・マストロヤンニだそうです。つい最近、ウクライナの大地を舞台とする「ひまわり」を見たばかりです。

 

2022/10