りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

敗残者(ファトス・コンゴリ)

アルバニアからイタリアへの移住者の子孫であるカルミネ・アバーテを別にすれば、アルバニアの作家の作品を読むのは初めてかもしれません。アルバニアというと、体制が変わったものの経済的に破綻した祖国を脱出すべく、数万人もの人々が大型貨物船でイタリアへと向かった光景が印象的ですが、本書もそんな場面から始まります。しかし本書の主人公であるセサルは、いったんは船に乗り込みながらも下船してしまうのです。

 

彼をアルバニアに引き留めたのは、祖国愛でも、英雄的信条でも、打算でもありません。ただただ彼を敗残者になるまで追い込んだ絶望感が、希望へと向かう意欲を消し去ってしまったのです。あるいはこれまでの人生でずっと、彼に関わった人々をも不幸に巻き込んでしまった罪悪感が、新天地へ向かおうとする友人と行動をともにすることを躊躇わせたのかもしれません。

 

身内から国家への裏切り者を出した家庭に生まれたセシルは、ずっと国家権力から見張られていました。煤塵と暴力しかなかった故郷を出て首都ティラナの大学に進んだものの、ようやく手に入れた友情も恋人も失って、大学を追い出されます。そして今度は、幼い頃から憧れ続けた女性を、彼の不幸に巻き込んでしまったのです。最後まで残った理解者が、彼を新天地への脱出行に誘ってくれたのですが・・。社会主義政権下ではいっさい作品を公表していなかった著者のデビュー作です。

 

2022/7