りぼんの読書ノート

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いのちがけ(砂原浩太朗)

2021年の直木賞候補作となった『高瀬庄左衛門御留書』は、藤沢周平葉室麟のような風格を感じさせる本格時代小説でした。著者47歳のデビュー作である本書は、前田利家に仕えて加賀百万石の礎を築いた村井長頼の生涯を描いた作品です。

 

構成がいいですね。主人公の生涯を切れ目なく描くのではなく、人生における節目を断章的に描く連作短編的な手法が用いられています。その時々の重大な決意や行動が際立たせる効果を狙ってのことでしょうか。桶狭間の戦、美濃攻め、一乗谷攻略、長篠の戦、賤ケ岳の合戦、朝鮮出兵、利家の死、徳川への臣従というポイントは、前田利家と前田家にとっての岐路であり、その全てにおいて長頼は利家に付き従っていたのです。

 

はじめは政治的な駆け引きどころか戦の機微もわかっていない、ただの荒武者でした。しかし主君の利家を神のように崇めて愚直に忠義を尽くしたことが、彼の成長を促していったようです。主君の教えから学び続けたことはもちろん、主君に付き従って信長、秀吉、家康という超一流の人物たちとの知己を得たことも大きかったようです。さらには、利家の正妻まつや、秀吉の正妻ねねという女性たちも、彼に大きな影響を及ぼしました。

 

そして戦場で幾度も主君の危機を救った長頼の本領は、主君の死後、家康に忠義の形を見せて加賀前田家の危機を救う場面となって結実します。本書は重厚な歴史小説ですが、後に時代小説の名手となっていくことを予感させてくれる伏線も潜ませています。全く意外なことに、本書は愛の物語でもあったのです。

 

2022/9