りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

十二月の十日(ジョージ・ソーンダーズ)

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ブッカー賞を受賞した『リンカーンとさまよえる霊魂たち』は、病死した息子の霊に救われるリンカーン大統領の物語でしたが、こちらは短編集。もともと短編小説の名手のようで、荒唐無稽なSF的設定が社会を風刺する装置となっていたり、救済や希望を感じさせたりする作品も多いとのこと。本書はそんな著者の魅力を十分に堪能できる一冊です。

 

「ビクトリーラン」

暴漢に襲われそうになった隣家の少女を、無我夢中で助けに行った少年は、暴漢を殺害してしまったのでしょうか。それとも・・。彼は内面化された両親の声を打ち破って、自分の良心に従う道を選んだのです。

 

「棒切れ」

わずか2ページの掌編です。父親が庭に立てて軍服や季節の衣装を着せていた鉄パイプには、どのような意味があったのでしょうか・

 

「子犬」

プアホワイトのDV女にとっては、子供を虐待することと、子犬を売り払うことは同等なのでしょうか。

 

「スパイダーヘッドからの逃走」

人間の感情を操る新薬の治験者として服役中の囚人は、他者に最悪の絶望感を体験させる選択を迫られて、自分を犠牲にする道を選びます。本当にゲスなのは、ろくでなしの犯罪者なのか、高学歴で冷静な薬品開発者なのか。一瞬で目の前の相手に深い愛情を抱かせたり、消し去ったりするようなことは、人間の所業ではないのでしょう。

 

「訓告」

何のための訓告かは不明ですが、「大義のためだが人道的に問題があり、精神を蝕まれるような仕事」とは、とてつもなくおぞましいことのようです。

 

「アル・ルーステン」

地元のチャリティショーに出演して失笑された中年男は、妄想と現実のはざまで自分を失ってしまいそうです。息子の劣等感を刺激しながら育てた母親に、大きな責任があると思うのですが。

 

「センブリカ・ガール日記」

クラッチに当選した中年サラリーマンは、誕生日を迎える娘のために、念願の「SG飾り」を庭に設置します。社会的ステイタスとされる「SG飾り」の正体はおぞましすぎますが、世界中で移民や難民がひどい扱いを受けていることを思うと、既に現実世界も同程度にひどいものなのかもしれません。日本だって他人事ではないのですから。

「ホーム」

故郷の街に居場所を見つけられない帰還兵が、暗い暴力の衝動をコントロールできなくなるまでには、どのような出来事があったのでしょう。

 

「わが騎士道、轟沈せり」

中世を模したテーマパークで働く青年が、薬物によって中世騎士の精神を纏ったことで破滅に追い込まれてしまいます。高潔さと勇敢さが似合わない世界に、私たちは生きているようです。

 

「十二月の十日」

孤独ないじめられっ子の少年と、病に侵されて自殺しようとしている男が偶然に出会ったことで、互いを救済することになるとは、いったい誰が想像できたでしょうか。

 

2022/5