りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

行く、行った、行ってしまった(ジェニー・エルペンベック)

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中東や北アフリカでの紛争を背景としてヨーロッパに流入し続けた難民のピークは2016年でした。はじめは積極的に難民を受け入れていたドイツも、最終的にはトルコなどヨーロッパ手前の国に難民の通過を認め内ように依頼したことで流入は減少。さらには永住許可の条件を満たしていない人々が出身国に送還される事例も増えているとのことです。

 

ドイツに流入する難民が増加しはじめた2015年に書かれた本書は、難民問題に正面から向き合っています。シェンゲン協定国の間での責任範囲を定義したダブリン規約の矛盾や、ドイツ政府と社会の矛盾を指摘しますが、本書は論文ではありません。ひとりひとりの難民にそれぞれの人生があることを静かに訴えかける文学的な主張が、読者の心に染み入ってくるのです。

 

元大学教授のリヒャルトは、アフリカから来た難民たちがベルリンの広場を占拠していることに気付きます。はじめにボートでイタリアにたどり着いた彼らは、ドイツでの難民認定どころか庇護を申請する資格しかないというのです。やがて処分が決まるまで暫定的に施設入居を認められた難民たちに関心を抱いたリヒャルトは、彼らにインタビューを始めます。彼らの物語を聞いたリヒャルトは、彼らとの交流を積極的に開始するのですが・・。

 

本書が文学的に優れているのは、リヒャルトと難民を最後まで対等の関係に置いているからなのでしょう。もともと東ドイツ国民で「祖国」を失った経験を持つことや、5年前に妻を亡くしたことだけが、難民と交流を持つようになった動機ではなかったのです。終盤で2度繰り返される「どこへ行けばいいかわからないとき、人はどこへ行くのだろう?」という問いは、難民たちだけではなく、リヒャルトへも投げかけられた言葉であることは明らかなのですから。

 

2022/5