りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ノック人とツルの森(アクセル・ブラウンズ)

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ドイツでも「ゴミ屋敷」の問題は頻発しているそうです。家の中を身動きもできないほどゴミで埋め尽くす住人の多くは、ひとり暮らしで精神を病んでいるのでしょうが、子供がいる場合には事態は深刻になります。親が子供の養育を半ば放棄していても、子供は外部に助けを呼べないのですから。

 

本書は、そんなゴミ屋敷で育つ小学校低学年の少女アディーナの物語。父親は既に亡くなっており、母親カーラは家中を「ああ、これは大切」、「とても捨てられない」、「よく見てみないと」、「そのうち片づける」などと分類したガラクタで埋め尽くしています。弟のポールは、崩れ落ちたゴミの中で亡くなってしまったのですが、カーラはそのことも外部には告げていないようです。そしてアディーナはカーラにきつく言い渡されているのです。ドアをノックする「ノック人」とは決して話をしてはならず、彼らを家に入れたら全てがおしまいになると。

 

アディーナにとっては母の言うことが全てです。家では育児放棄され、学校では「くさい」と虐められても、ただじっと耐えることしかできません。そんな彼女が郊外の野生動物保護区域に迷い込んだ時に出会ったのが、近所に住んでいたエアラでした。野生のツルの保護員であるエアラは、以前に男性に裏切られて傷ついてからひとりで暮らしているようです。彼女たちが観察するツルたちの生態は、決して人間たちの理想や願望を反映してくれはしないのですが、孤独な者どうしの世代を超えた友情を育んでくれました。アディーナは家の外の世界を知って成長し、エアラも過去の傷を克服していくようです。しかしそこで悲劇が起こります・・。

 

本書の舞台であるハンブルクで生まれ育った著者は、自閉症児であった過去があるとのこと。カーラとアディーナが暮らす家の中は、自閉症患者の内的世界が拡大されたようなものなのでしょう。アディーナが素敵と思うことを「溶岩級」、「雲級」、「桜級」、「軽石級」と順番づけているような特殊な用語も、著者の過去の内的世界で生まれたものかもしれませんね。そんな特殊な用語が、アディーナが本来持っていた明るさを守ってくれたようにも思えます。

 

2022/5