『戦場のコックたち』や『ベルリンは晴れているか』など戦場ミステリの書き手という印象が強い著者ですが、独特の視点を有して独自の世界を描き出すことでも知られています。本書は「救いのカミサマ」などいないダークな世界を描いた短編集です。
「伊藤が消えた」
男性3人で同居していた東京の家を出て実家に戻るといった伊藤が、行方不明になってしまいました。実は伊藤を嫌っていて、彼から財布も彼女も奪った同居人も、彼の消息について気になってくるのですが・・。
「潮風吹いて、ゴンドラ揺れる」
寂れた遊園地の観覧車のゴンドラの中で目覚めた男は、悪友たちとともに歪んだ世界に閉じ込められてしまったようです。彼らの非道で残虐な振る舞いは、魔女の怒りに触れてしまったのでしょうか。
「朔日晦日」
神無月がはじまった日にカミサマたちの行列を見てから病んでしまった兄の目は、神無月が終わると治るのでしょうか。それとも・・。
「見張り塔」
町はずれの高射砲塔に派遣された監視分隊の守備範囲には、もはや敵機は姿を見せません。時おり現れる敵兵や逃亡者を狙撃するだけなのに、なぜか人員は減る一方で、任務は過酷になっていくのです。ついに味方の民間人への狙撃命令が下されるのですが・・。
「ストーカーVS盗撮魔」
別シリーズの殺人鬼たちを闘わせるホラー映画があったそうです。ストーカーである語り手が、盗撮魔と闘うことになってしまったのは何故なのでしょうか。
「饑奇譚」
「大放出」の前夜に飲食をしておかないと、どこに「落ちる」ことになるのでしょう。そもそも「底」であるこの世界はどのように成り立っているのでしょう。本書の中で一番意味不明で、一番怖い作品でした。
「新しい音楽、海賊ラジオ」
海面上昇によって、多くの陸地が水没してしまった世界。文化的なことがらは消滅しているようですが、失われた音楽や詩が生き延びている場所とは、「山」なのでしょうか。それとも「海底」なのでしょうか。
2022/3