りぼんの読書ノート

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指差す標識の事例 下(イーアン・ペアーズ)

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上巻で見てきた物語のアウトラインは、下巻に入って大きく崩されていきます。これまでの2人の語り手のどちらもが、信用できないことが明らかにされるのです。とはいっても、下巻の2人の語り手だって怪しいものなのですが。

 

第三の手記「従順なる輩」

オクスフォードの幾何学教授であるジョン・ウォリスは、裏の顔を持っていました。暗号解読を得意としていつウォリスは、王党派の有力者に仕え続けており、体制転覆をはかる破壊者を監視していたのです。彼は、第1の語り手であったヴェネツィア人医師のコーラがトルコ相手に戦った勇猛なカトリック戦士であり、雑役婦サラの父親がクロムウェル派の軍人であることを知っていました。コーラが要人の暗殺を目論んでいると疑ったウォリスは彼の毒殺を図りますが、それは誤って大学教師ロバートを殺害することになってしまったのです。

 

第四の手記「指差す標識の事例」

これまでの三つの手記に脇役で登場したある人物は、三つの手記の偽りと誤りを指摘します。コーラは自分の正体という重大な事実を隠しており、ジャックは精神を病んで妄想を綴っているだけであり、ウォリスは陰謀論に取りつかれて真相を見誤っているだけだというのです。第四の手記の書き手が綴る「事実」は、誰も想像もしなかった愛と奇蹟の物語だったのです。

 

ピューリタン革命と名誉革命の間にあった王政復古期は、なじみが薄い時代です。小説で読んだのも『三銃士』の第2部くらいかもしれません。議会派の対立に加えて、国教会とカトリック清教徒の三つ巴の対立という複雑な時代が背景にあるのですが、それら全てを否定してしまう展開は心地よい。その一方で、読者が信じたがるような第四の手記こそが、実は一番疑わしいのではないかという薄気味悪さが残るのも事実です。そんな感想を読者に抱かせただけでも、著者としては成功しているのでしょう。

 

2022/2