りぼんの読書ノート

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カンガルー・ノート(安部公房)

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著者の遺作と伝えられる作品です。出版当時に読んだ時にはほとんど理解できなかった記憶があります。ただ冒頭で主人公が語る「有袋類が真獣類の不器用な模倣」という言葉が強く印象に残りました。コアラやカンガルーを見るたびに浮かんできたこの言葉は、この本が出展だったのか・・。

 

ストーリー自体はわかりやすいのです。ある日突然、脛から「かいわれ大根」が生えてきた男が、訪れた医院で麻酔を打たれて意識を失い、目覚めると生命維持装置付きのベッドに縛り付けられて硫黄温泉行を命じられる。たれ目の看護婦に導かれて、坑道から運河へ、賽の河原から共同病室へと向かう冥府巡りのような旅は、安部公房版『神曲』なのか、それとも当時入院中だった著者の私小説なのか。「脅えていた。恐かった。」で終わる本書では、もちろん自身の死が意識されています。

 

それにしてもなぜ「かいわれ大根」なのでしょう。はじめは異物にすぎなかった「かいわれ」が、やがて語り手の生命と密接に結びついているように思えてきます。そしてエピローグにあたる「新聞記事からの抜粋」で紹介される「脛にカミソリを当てた死体」とは、自ら「かいわれ」を切って安楽死の道を選択した語り手の末路であるように思えます。著者にとって「かいわれ」は野菜類の劣化コピーであるように思えたのか。それとも新芽である「かいわれ」に再生の希望を託したのか。ああためて読んでも謎の多い作品でした。

 

2022/1再読