りぼんの読書ノート

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ブルシット・ジョブ(デヴィッド・グレーバー)

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「ブルシット・ジョブ」とは著者の造語のようで、役立たないにもかかわらずそれを自覚して従事する仕事について名付けたもの。「クソどうでもいい仕事の理論」との副題はかなりぶっ飛んでいますが、真面目な経済学理論書です。

 

ブルシット・ジョブの主要5類型とは、取り巻き(フランキー)、脅し屋(グーン)、尻ぬぐい(ダクトティーパー)、書類穴埋め人(ボックスティッカー)、タスクマスターであり、著者が集めた事例を見ると、確かにその種類の仕事が世の中に溢れていると思わされます。つまりこれらは、ひとのためにならない、なくなっても差し支えない仕事であり、その際限のない増殖が社会に深刻な精神的暴力を加えているというのです。重要なことは、それは低賃金のキツイ仕事である「シット・ジョブ」とは全く異なるものであること。清掃員、介護士、運転手などの仕事は社会に貢献している、必要不可欠なものなのですから。

 

著者は、かつての社会主義国ならともかくも、現代の資本主義国家でなぜブルシット・ジョブが増殖しているのか。それは人々や社会に何をもたらすのか。その一方で社会の役に立つ仕事ほどどうして低賃金なのかについて、多くの証言やデータを用いて、著者の専門である人類学的知見を駆使しながら解明していきます。そして「ベーシック・インカム」という驚くべき政策提言に至るのです。

 

そもそも、利潤の最大化を目的とする市場原理主義に支配された社会においては、無駄な仕事など淘汰されていくというのが従来の認識です。確かに容赦のない合理化やリストラは日常的に起きています。しかし生産的な仕事に関わるブルーカラーの仕事が削減される一方で、主要5類型にあてはまるホワイトカラーの仕事は増えているようです。著者はその理由を、現代の資本主義社会の支配者が「FIRE(ファイナンス、保険、不動産)」であることに求めています。確かに現場を知らないオーナーは、現場で起こっていることをもっともらしく説明してくれる取り巻き集団を必要としそうですね。大きな会社になればなるほど、法律、税務、監査、広報、CSR、環境、ISOなどの管理部門やコンサルタントや委員会が肥大していくこととも関係していそうです。しかしそれが現代資本主義がもたらす帰結であるなら、私たちはどう対応していけばよいのでしょう。

 

著者が集めた証言にはブルシット・ジョブの従事者が精神を病んでいく症例が多数ありますが、日本の現状はもっと憂うべきものかもしれません。楽して高収入を得ることが、むしろもてはやされているように思えるのです。もはや社会的矛盾を自覚しえない末期的な症状に陥っていると言えそうです。コロナ禍によって現場に必要なエッセンシャル・ワーカーが重視され、不要な職種や管理職の存在があぶりだされている今こそが、視点を変える好機なのかもしれません。もっともその結果生み出されるであろう大量の失業者問題にも対応しなければいけないのですが。

 

2021/9