りぼんの読書ノート

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セカンドハンドの時代(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)

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ベラルーシのジャーナリストである著者のライフワークである、ソヴィエト時代を生きた人々について書かれた5部作「ユートピアの声」の完結編であり、2015年にノーベル文学賞を授賞した作品です。 

 

1991年のソ連崩壊直後から20年以上に渡り、社会変化によって運命の激変を体験した人々に対するインタビューからなる本書は、一見すると絶望の記録のように思えてしまいます。第1部「黙示録による慰め」ではソ連時代の封印を解かれた1990年台の記憶が、第2部「空の魅力」では社会主義から資本主義への移行期であった2000年代の記憶が綴られます。そのどちらの期間においても、望んでいた理想に裏切られ続けた人々の声は生々しい苦悩に満ちているのですから。 

 

ゴルバチョフペレストロイカに共感し、エリツィンのクーデター抵抗に拍手をおくった人々が、治安と経済が崩壊していく中で何を失ってしまったのか。プーチンのエネルギー輸出戦略によって立て直された国家は、剥き出しの欲望と暴力が支配する国でしかないと理解した時に何を思ったのか。そしてチェチェンや、グルジアや、アゼルバイジャンや、アルメニアや、タジキスタンで起こった民族紛争は、多くの犠牲者や難民を生み出してしまったのです。ひとりひとりの声を繋ぎ合わせた時に出来上がる壮大な物語は、まぎれもない悲劇です。 

 

タイトルの「セカンドハンド」とは、「思想もことばもすべてが他人のおさがり、なにか昨日のもの、だれかのお古のような状態」を指しています。全てがにせものっぽく、どこかしっくりせず、どんよりとした重苦しい空気が流れている時代。 

 

しかし「真の歴史が語られるのは、口を封じられた庶民が口を開くときでしかない」と語る著者は、希望を失ってはいません。人々の悲惨な現実を理解したうえでなお、「廃墟のうえで永遠に生きたい人などいない。これらの破片でなにかを建設したいのです」との信念の上に、本書は成り立っているのです。 

 

2020/7