りぼんの読書ノート

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スクラップ・アンド・ビルド(羽田圭介)

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2015年に第153回芥川賞を受賞した作品です。閉塞感を抱いた青年がはた目には滑稽な方法でもがき苦しむという、著者の作風がストレートに表現されています。深刻な社会問題と主人公の内面的変化が、巧みに融合されているのです。

 

主人公の健斗は28歳。勤務していた会社に嫌気がさして仕事を辞め、資格取得のための勉強をしながら就職活動をしていますが、中途採用試験には落ち続けて無為な日々を送っています。ルックスも性格も並み以下の彼女との関係はズルズル続いていますが、そこにも展望は見出せません。しかも自宅では、毎日「もう死んだほうがよか」と嘆いている、要介護の87歳の祖父に辟易としているのです。しかし心優しい健斗は、尊厳死したいという祖父の願いに真剣に向き合おうと決意。介護福祉士の同級生から聞いた言葉を参考にして、過剰な介護によって祖父を衰弱死させるとの作戦を思いつきます。かくして祖父との奇妙な介護の攻防戦がはじまるのですが・・。

 

著者は「個人に降りかかってくる問題は社会や世代のせいにするのではなく、個人で解決しなくてはいけない」と語っています。しかし個人レベルの問題には個人的な事情が山ほど積み重なっていて、一筋縄ではいきません。健斗の祖父の場合も、嘘で固められた戦争体験、息子や娘たちとの微妙な関係、女性ヘルパーに時おり見せる醜い性欲など、見た目とは異なる内面を抱えていました。そして風呂でおぼれそうになった祖父を救った際に、彼がまだ生にしがみついていることに気付いてしまいます。うーん、こうきたか。しょせん人間とは、先を見通せないままにもがき続ける存在なのでしょう。切実ですけれどね。

 

2021/8