りぼんの読書ノート

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ファミリー・ライフ(アキール・シャルマ)

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1970年代にインドのデリーからアメリカに渡った家族と共に、異なる文化に馴染もうとしていた少年アジェにとって、名門校に合格した兄の存在は大きなものでした。しかしその兄が入学目前にしてプールの事故で脳を損傷。意識が戻らなくなってしまい、家族の生活は暗転します。

献身的な介護は怠らないものの、父親は飲酒に走り、母親は病院や介護施設と戦う一方で怪しげな治療や信仰も拒まなくなります。そんな中でアジェの中では複雑な感情が渦巻きます。兄への腹立ち。両親からの疎外感。友人への嘘。自分の将来を考えてしまう時の罪悪感。真摯ながら雑多な祈り。クラーク・ケントのような容貌をした神が心の中に現れる場面はコミカルですが、そこでだけ本心を語れたのでしょう。とにかく、奇妙なアメリカ社会に馴染んでいくプレッシャーだけでも大変なのです。

やがて中学生になり、ヘミングウェイの伝記に触れたアジェは、書くことに強い関心を抱くようになります。漠然とした内的な感情を模索しながら綴るより、実際に気付いたものや行動したことに内面が顕れるということを、アジェは理解していたようです。世俗的な幸福に罪悪感を抱いてしまう気持ちは変わらないものの、書くことによってさまざまな感情が昇華されていくことを予感させる物語でした。

本書は著者の自伝的作品であるだけでなく、翻訳された小野正嗣氏も脳を患った兄の介護をした経験がおありとのこと。介護者が抱く複雑な感情について、著者と翻訳者の息が合っていたことが、優れた翻訳作品を生み出したようです。

2018/10