りぼんの読書ノート

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御不浄バトル(羽田圭介)

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ブラック企業」という言葉が新語・流行語大賞にノミネートされたのは2013年のこと。しかしその3年前に書かれた本書で既に、著者はブラック企業の実態を描いています。デビュー以来ずっと同世代の若者の心理を描いてきた著者が、社会問題も取り組んだ作品です。

 

主人公の渡辺が入社したのは、とんでもない値段で子供向け教材を売りつける悪徳企業。大卒の彼は経理担当であり、ノルマ達成に苦しむ営業マンたちとは一線を画しているのですが、もちろん無縁ではいられません。顧客からの電話を受けたら次の商材を売りつけることが求められるし、過酷な残業や、意識の洗脳はもちろん、暴力事件すら起こる職場で働いているのです。そんな彼の唯一の楽しみは、会社や駅のトイレでくつろぐこと。素性不明のトイレ常連メンバーと個室争奪戦を繰り広げたり、トイレで食事をする場面は滑稽ですが、物悲しい。しかしある電話がきっかけとなって、彼の日常が崩れ始めます。限界に達して退職を決意し、会社の法令違反の証拠を集めようとテープレコーダーを持ち歩くのですが、それはあまりにも皮肉な結果をもたらすことになるのでした。

 

文庫版で159ページの作品の中で、なんとトイレの描写に32ページが費やされるという「トイレ小説」です。そのコミカルさが、深刻なテーマや主人公の精神状態と上手にバランスがとれている作品でした。2015年に芥川賞を受賞して話題になった『スクラップ・アンド・ビルド』は未読ですが、そちらも読んでみましょう。渡辺君がトイレでいつも顔を合わせるホスト風のチャラ男を主人公とする「荒野のサクセス」が並録されていますが、こちらはエンディングが少々唐突な印象でした。

 

2021/8