りぼんの読書ノート

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翼竜館の宝石商人(高野史緒)

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中世ヨーロッパやロシアを舞台として「パンクスチーム音楽SF」とでも分類されるような作品を書いてきた著者が、一躍注目されたのは、2012年に江戸川乱歩賞を受賞した『カラマーゾフの妹』でした。多少はSF的な要素も含んでいたものの、ドストエフスキーの原典で解明されていなかった凶器の謎を解き明かす本格ミステリにして、原典を彷彿とさせる心理的な葛藤劇でもあったのです。今年になって著者の初期の作品を読んできたのですが、本書は近年の作品です。

 

本書の舞台は17世紀後半のアムステルダム。探偵役は年老いて経済的に困窮しているレンブラント。しかしレンブラントは最後まで登場せず、物語は過去の記憶を失った商人ナンド・ルッソの視点で進んでいきます。完成したばかりの巨大な市庁舎でレンブラントの息子ティトゥスと出会ったナンドは、ともに翼竜館と呼ばれる宝石商の屋敷に呼ばれることになりました。しかしなぜか同様している宝石商とはろくに会話もできないまま、後から来た外科医に追い返されてしまいます。そして翌朝、宝石商の遺体が館から運び出され、死因はペストであるとの噂が流れるのでした。さらにその翌日には、宝石商と瓜二つの男が発見され、謎が深まっていきます。

 

最期にはレンブラントの観察力が全てを解決するのですが、本書の魅力は当時の時代背景と街の雰囲気がしっかり描き出されていることでしょう。繁栄のさなかにあっても、疫病と洪水の恐怖から逃れられない新興都市。スペインからの完全独立は果たしたものの、イングランドやフランスの侵攻の噂に怯える市民。相場の騰落や法外な儲け話に一喜一憂するマーケット。そんな中で、不法な手段で一獲千金の密輸を企んだ意外な犯罪者の存在が次第に明らかになっていく過程が、読者の関心を掴んでいくのです。ミステリとしての目新しさは少なく、SF的な要素も含まれていませんが、緻密なプロットと伏線回収の巧みさが見事な作品でした。ただしせっかくのレンブラントですので、もっと彼本人と彼の作品の魅力を描いて欲しかったというのが正直な感想です。

 

2021/8