りぼんの読書ノート

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人形の家(イプセン)

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著者の代表作とされる本書は、女性解放運動の勃興を促した作品としてあまりにも有名です。貞淑な妻が夫や子供を捨てて家を出るという結末は、当時としてはありえないことであり、あまりにもショッキングだったからなのでしょう。日本においても大正時代に初演されてから、そのような文脈で理解されており、朝ドラ「おちょやん」でも主演女優の生きざまと合わせて主人公に大きな影響を与えたように扱われていました。

 

しかしはじめて本書をきちんと読んでみると、この作品の本来のテーマは少々違うのではないかと思えたのです。社会的な地位に固執して自分の評判だけを気にする銀行家の夫トルワル。従順な妻でいることに幸福を感じていた妻のノラ。2人の愛情が試された時に、妻の心情を顧みずに従わせようとした夫に、ノラは真実を悟ります。現代的に言うと、夫のモラハラに気付いた妻というところでしょうか。この作品は100年前の女性解放運動というよりも、今でも日常的に起こっている普遍的な問題を描いたものであるようです。これは著者の先見性なのでしょうか。それとも女性解放は今なお達成されていないとみるべきなのでしょうか。

 

トルワルとノラの関係の横で見過ごされてしまいがちですが、失業の危機に瀕してノラの過失を咎めようとしたクログスタと、彼に新たな生きがいを与えることになる寡婦のリンデ夫人も魅力的な人物です。病弱で常に死を意識しているせいで、かえって物事を直視できているランクを含めた脇役たちのドラマも見過ごせません。妻が夫と子供を捨てて離婚するなど、ごく普通のことになってしまった現代だからこそ、発表当時よりも重層的に楽しめる作品であるように思えます。

 

2021/8