りぼんの読書ノート

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クジラアタマの王様(伊坂幸太郎)

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「小説の中にコミックを入れたい」と望んだ著者が用いた手法は、昼間の現実的な生活部分を小説で、夜に主人公が見ている夢を絵で表現することでした。しかもそのギャップが大きくて、夢の世界での冒険の成否が現実世界でのトラブル解決と結びついているようなのです。

 

製菓会社の広報部員である岸は、異物混入クレーム対応をミスした上司のせいで絶体絶命のピンチに追い込まれてしまいます。彼がその窮地を脱することができたのは、夢の世界でモンスターを倒したからなのでしょうか。彼はその夢をはっきりとは覚えていないのですが、突然彼を訪ねてきた都議会議員から妙なことを尋ねられます。かつて金沢のホテルで同時に火災に遭遇しなかったかと。そして議員によると、岸と人気ダンスグループの男性との3人でモンスターを倒したことで、ホテル火災から助かることができたというのです。そして朧げに記憶に残っているハシビロコウは、指令者であったのではないかと。

 

そんなことをいきなり信じられるはずもありませんが、やがて議員とアイドル男性と交友を始めた岸は、さらに不思議な体験をすることになります。そして15年後の現実世界で桁違いのスケールの危機に陥った時に、夢の世界で闘う相手は最強のハシビロコウだったのでした。

 

互いに関連する異なる世界の物語というと、村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思い出してしまいます。そちらは反比例する双曲線のような関係でしたが、こちらは正比例の関係ですね。鳥インフルエンザが登場していて「コロナ禍を予言した」とも言われているようですが、実際のコロナ禍を体験した後では作品に使えなかったでしょうね。それとも私たちの現実世界ではまだ、最大最強のモンスターはハントされていないのでしょうか。

 

著者が弱者の味方であり「真面目な人に報われて欲しいと思っている」ということは、多くの作品を通じて広く知られています。本書の主人公である岸も真面目な人物なのですが、もっと真面目でもっとワリをくっている人物が報われるサイドストーリーも痛快でした。いつものことながら、伏線の張り方が見事です。

 

2021/5