りぼんの読書ノート

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スパイはいまも謀略の地に(ジョン・ル・カレ)

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1931年生まれのスパイ小説の巨匠の作品が、2020年12月に亡くなりました。本書は彼の遺作になってしまうのかもしれませんが、最後まで全く老いていません。民主主義を破壊するかのようなアメリカ大統領との関係を深める一方で、EUからの離脱を決めた祖国イギリスへの忠誠心に悩む青年スパイという、極めて今日的なテーマに挑んでいるのです。

 

しかし本書の主人公は、ロシア関連の作戦遂で成果をあげてきたものの、引退の時期が迫っているイギリス秘密情報部(SIS)のベテラン情報部員ナットです。引退を覚悟していたナットは、イギリス国内で対ロシア活動を行っている吹き溜まりのような部署の再建を打診されて、やむなく承諾。しかし長く休眠していて利用価値なしと判断されていたロシアのスリーパーに緊急指令が入ったことで、物語が動き出していきます。ロシアの大物スパイがイギリスで活動を開始するようなのですが、その対象となったのは意外な人物だったのです。

 

しかもその人物は、互いに素性を知らないままナットと、さらにはナットが引き合わせた部下の女性と深い関係を持ってしまっていたのです。窮地に立たされたナットは、監視チームに囲まれた中で非情な指令を遂行するよう求められるのですが・・。

 

これまでの作品には登場していない人物ばかりですが、ナットはもちろん、妻プルーや娘のステラ、部下のフローレンスや、無能な上司のロンドン総支局長ドム、練達のロシア課課長ブリン、監視課課長となっている旧友のパーシーなど、脇役も存在感のある人物ばかり。そして著者が語っている通り、どの作品にも共通している「まっとうな生き方をしている主人公」の存在が、とても魅力的なのです。

 

2021/1