りぼんの読書ノート

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逆さの十字架(マルコス・アギニス)

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独裁政権と深く結びついた宗教の欺瞞を描き続けている著者の、『マラーノの武勲』と『天啓を受けた者ども』に続く3冊目の翻訳書ですが、実はこれがデビュー作。スペインで文学賞を受賞するまではアルゼンチンで発禁処分を受けていた作品です。

 

1960年代後半のアルゼンチン。軍事独裁政権のもとで沈黙を貫いた教会に対して、エリート街道を歩んできた青年神父トーレスは強く反発します。彼は教会に集う若者たちに向かって、聖書の教えに純粋に従う生き方を説くのですが、それは自ずと反政府運動に結びついていき、警察権力による教会襲撃という悲劇を招くのです。そしてトーレス神父に対する協会裁判は、まるで2千年前のピラトによるイエスの裁判のようだったのです。

 

教会内部の物語はトーレス神父と、彼を理解して協力する老司祭、トーレスの叔父で彼を正しい道に連れ戻そうとする教会の重鎮、厳格で保守的な教区責任者司教の独白が重層的に絡んで進んでいきます。理想と現実の狭間で苦悩するトーレスの自問自答は読み応えあり。。その一方でトーレスに関わっていく純粋な学生、心優しい娼婦、矛盾を抱えた共産主義者、サディスティックな警察署長などの登場人物たちはやや類型的な感もありますが、その時代を表現するには必要なことだったのでしょう。

 

1970年に書かれた本書は、解放の神学と法王庁の対立や、さらに巨大化した軍事政権のもとでの改革派の神父たちの殉教がなど、20世紀後半に起こった出来事を予言したとの評価も受けています。著者の目には悲しい未来が避け難いものとして見えていたのでしょう。

 

2021/1