りぼんの読書ノート

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三ノ池植物園標本室(ほしおさなえ)

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ブラックな職場で心身をすり減らして会社を辞めた女性というと、最近よく見る導入ですが、本書は一味違いました。その女性・風里は、散策の途中で見つけた郊外の古い一軒家に引っ越し、近くの三ノ池植物園標本室でバイトをはじめます。植物園長である苫教授と院生たち、そこに出入りするイラストレーターの日下さんや編集者の並木さんなど、風変わりながら温かな人たちと出会い、植物の標本を作るという手仕事をしながら、かつて刺繍が好きだったことを思い出していきます。 

 

風里が暮らす一軒家には、悲しい記憶が眠っていました。それは高名な書家・村上紀重とその娘・葉の確執であり、葉と天才建築家・古澤響との悲恋なのですが、風里は一軒家の玄関横の井戸で少女の面影を完治取ります。それはそこに遺された葉の想いなのでしょうか。 

 

やがて風里は、一世代前の出来事と自分が関わっていることに気づきます。やがて試練の時が訪れるのですが、ここで「刺繍」という彼女の趣味が生きてくるのです。時を超えて繋がっている様々な思いを解きほぐして編みなおすのは、風里がこつこつ刺し続ける刺繍の糸なのでしょう。それはまた、ミトコンドリアが織りなす網目のような女系遺伝子の家系図にも似ているのです。 

 

二ノ池と三ノ池があって一ノ池がない謎も解き明かされますが、本書の舞台となっているのは国分寺崖線ハケの下にある湧水地帯のようです。おそらく場所は異なるのでしょうが、学生時代に国分寺崖線のひとつである国立のたまらん坂下に住んでいたことを思い出しながら読みました。 

 

2020/5