りぼんの読書ノート

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中央駅(キム・ヘジン)

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キャリーケースひとつを転がして、ソウル駅と思われる架空の駅前広場に流れ着いた男は、ホームレスです。すぐに全財産ともいえるキャリーケースを女に盗まれ、復讐心に燃えて女を探し当てたものの、既に監禁された後。女は言います。「かわりに、身体を一回あげる」と。やがて2人は互いに離れられなくなっていくのです。 

 

ホームレスの男女の関係は決して普通の意味での恋愛ではなく、最後に手元に残ったものに対する執着心なのでしょう。まだ若く健康な男と年配の病んだ女とでは釣り合わないのですが、そんなことは問題ではありません。もちろん先は見えないのです。女は言います。「これがどん底だと思ってるでしょ。違うよ。底なんてない。底まで来たと思った瞬間、さらに下へと転げ落ちるの」と。 

 

支援センターの職員たちは男に仕事と家を与えようとし、女に病院を手配しようとしますが、そういう普通の感覚は底辺の男女には通じません。彼らには「今」しかないようです。金を手にしたら酒につぎこみ、気に入らない者は殴り、欲しいものは盗んで手に入れる。だからこの男女も、離れれば探し出そうとしするものの一緒にいれば言い争い、女が病気に苦しんでいても夜になれば抱き合うのです。そして死にかければ捨てられてしまう。 

 

最底辺に生きる者たちの心情を描いた作品は、あまりにもリアルで切なくて、重いですね。全ての虚飾を剥ぎ取った後では野生動物と変わらないのが、人間の本質なのでしょうか。それとも、そんな中でもわずかに残っている「絶望」とか「希望」に光を見出せるものなのでしょうか。1983年生まれとまだ若い著者ですが、透徹した観察眼の持ち手であるようです。 

 

2020/3