りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

オンブレ(エルモア・レナード)

f:id:wakiabc:20200617153900j:plain

村上春樹さんの翻訳による、著者初期の西部小説です。「なぜ半世紀以上も前に書かれた西部小説か?」との問いに対して、村上さんは「読み物としてとても面白く、小説としての質が高く、まったく古びていないから」と答えています。そして、著者後期のコンテンポラリー・ノワールを形作っているすべての要素が、既にしっかり顔をそろえているから」とも言うのです。 

 

ストーリーはシンプルです。アリゾナの荒野を馬車で行く7人が悪党どもに襲われる物語。でもこの7人が、それぞれに事情を抱えているのです。語り手のアレンと彼のボスで御者を務めるメンデスは、まあ普通の人間。インディアンに攫われて凌辱された若い娘キャスリーン。インディアン管理官の立場を悪用して小金を貯め込んだフェイヴァー夫妻。実は悪党一味のブライデン。そしてアパッチに育てられた過去と「男(オンブレ)」の異名を持つジョン・ラッセル 

 

悪党の目的はフェイヴァー夫妻が不当に貯めた金なのです。灼熱の荒野での逃亡劇と死闘の末に、悪党たちは連れ去っていたフェイヴァー夫人と金の交換を持ち掛けます。それが罠であることは明白で、夫も含めて誰も女を救いにいけないという場面で、それまでクールな現実主義者としての言動しか見せていなかったラッセリが意外な行動を取るのでした。 

 

「彼の透徹した孤独さが神話的である」と言う村上さんは「神話は理解するものではなく、ただ受け入れるものなのだ」と述べています。併録されている「三時十分発ユマ行き」で、悪党に買収をもちかけられながら死地に赴く保安官補スキャレンもまた、神話的な人間なのです。 

 

2020/7