りぼんの読書ノート

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マンハッタン・ビーチ(ジェニファー・イーガン)

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1934年。アナが11歳の時に父親エディは姿を消しました。大恐慌によって職も資産も失ったエディは、ギャングの大物でクラブのオーナーであるデクスターのために裏社会の仕事をしていたのですが、彼女にはそんな事情はわかりません。アナが覚えていたのは、マンハッタンビーチで父親とひそやかに言葉を交わしていたデクスターの姿だけ。 

 

1942年。19歳になったアナは海軍工廠で検品の仕事に就きますが、ずっと海に魅了されていたアナがめざしていたのは潜水士。重い気密服を着用して潜水病のリスクを負う仕事は男の世界であり、アナは何度も拒まれますが、実力を身に着けて粘り強く扉をこじ開けていきます。そして友人に連れていかれたナイトクラブでデクスターと再会し、いつしか2人は惹かれあっていくのですが・・。 

 

本書の登場人物たちは皆、清らかな天使でも憎むべき悪党でもありません。良き父親でありたいと願いながら重い障害を持つ次女リディアを愛しきれず、そんな自分を恥じるエディ。大銀行家の娘を妻に娶り日の当たる世界に憧れながらも、裏社会のために汚れ仕事をし続けるデクスター。アナでさえ、誰にも言えない秘密を隠し持っていたのです。 

 

女性の自立を描いた作品と思っていたのですが、本書のテーマははるかに重層的でした。家族や恋愛の要素を含むことはもちろん、マフィアや港湾地区の腐敗を描いたノワールでもあり、エディの消息を探るミステリでもあり、海洋冒険的な個所すらあるのです。強いて言えば、大恐慌から戦争までの暗い時代こそが主役なのかもしれません。そして移民や戦争と繋がる海とビーチこそが、物語が展開される舞台なのです。9・11後にアメリカの凋落を感じたという筆者は、覇権の始まった時代に注目して本書を書き上げたとのこと。そんな時代の活気に満ちた猥雑さを実感できる作品でした。 

 

2020/2