本書を一言で表すならば「こじらせリケジョの迷い」なのでしょう。ボストンにある全米屈指の大学院の博士課程に在籍しながら、化学の実験はうまくいかずに投げ出す寸前。容姿も頭脳も性格も良い同棲中の彼氏からは何度もプロポーズされながらも、素直に「YES]とは言えません。中国からアメリカに移民して成功を掴んだ父親の苦労を思い出すようにとの精神科医からのアドバイスには、逆に追い詰められたように感じてしまいます。そんな主人公が、なにもかも宙ぶらりんなままで煩悶している心情を延々と聞かされるのです。
しかしそんな小説なのに面白く読めてしまうのは、精神状態を科学に例える素直で簡潔な文章のおかげかもしれません。例えば「コップ半分の水をどう思うか」という有名な命題であっても、彼女にかかれば「コップは水と空気とで満たされているので判断基準とはならない」となってしまうのです。
そして読者は次第に、主人公は決して甘やかされた優柔不断お嬢様ではなく、芯の強い聡明な女性だということがわかってくるのです。彼女の悩みは、ものごとを最後までつきつめて考えようとする姿勢の表れだということも。アインシュタインだって「愛は人間が意のままに操るすべを身につけていない宇宙で唯一のエネルギーだ」と記したことがあるくらいなのですから。
物語は、そんな彼女がようやく先へ進む道を見出せそうになるところで終わります。どうしても、ハーバードで公衆衛生学の博士号を取得しながら作家へと転身して成功を収めた著者とかぶってしまいますよね。著者は「本書には自伝的要素はない」と強調しているようなのですが。
2020/2