りぼんの読書ノート

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鏡の背面(篠田節子)

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薬物依存症患者やDV被害者の女性たちが暮らす施設で火災が発生し、創設者である小野尚子が、逃げ遅れた母子を助けようとして焼死。裕福で高貴な家に生まれながら、苦しむ女性たちに人生を捧げた「先生」のを偲ぶ「お別れ会」の直後、警察から衝撃の事実が告げられます。検視の結果、焼死した女性は小野尚子ではないと判明したというのです。そして焼死した女性は、20年以上も前から小野尚子になりすましていたというのです。 

 

数年前にその女性を取材して感銘を受けた新米ライターの山崎知佳は、施設スタッフの優紀らとともに過去を調べ始めます。そして判明した事実は、恐るべきものでした。小野尚子と入れ替わった女性は、極悪非道な犯罪者の女性・半田明美のようなのです。では本物の小野尚子はどうなってしまったのでしょう。そして半田明美はなぜ、長い歳月の間、誰にも疑いを抱かせずに聖女のように振る舞い続けられたのでしょう。 

 

かつて半田明美の悪事を暴こうとした老男性ライターの長嶋の視点。当初は不幸な過去から逃げて施設の入居者であった優紀の視点。比較的中立な知佳の視点。予断や希望的観測や憶測を含むそれぞれの視点が入り混じる中から、やがて「事実」が浮かび上がってきます。 

 

本書は単なる謎解きの作品ではありません。終盤に明かされるテーマは「自我のもろさ」なのです。かぶり続けていた仮面によって内面が変わってしまうことは、恐ろしいことなのか。それとも救いなのか。そして本人は、周囲の人々は、それを受け入れることができるのか。『鏡の背面』というタイトルが意味するものは、ホラーと紙一重です。 

 

2020/1