りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ムーン・パレス(ポール・オースター)

f:id:wakiabc:20190821064941j:plain


著者が「いままで書いた唯一のコメディ」と評する本書では、前半の青春小説が後半になって伝奇冒険小説へと変貌していく展開を楽しめます。
 

 

時代は1969年。人類がはじめて月を歩き、メッツが奇跡の優勝を遂げた夏。父を知らずに育ち、母を11歳の時に交通事故で失った青年マーコは、2年前に唯一の血縁であった伯父を失ってから、世界との結びつきを失ってしまいます。コロンビア大学は卒業したものの、人生を放棄したような状態で、伯父が遺した蔵書を売って手に入れた生活費も底をつき、若くしてホームレス生活の突入。 

 

セントラルパークで餓死寸前に陥っていたところを、唯一の友人であったジンマーと、なぜか彼を気に入ってくれた聡明な中国系学生のキティに救出されます。しかし、車椅子生活をおくる老人の世話係に応募したことから、彼の人生は大きく変わっていくのです。老人が語った昔話を契機にして、自らのルーツと父親の存在を知り、挙句の果てはユタからカリフォルニアまでの砂漠を歩くことになってしまうのですから。 

 

本書は、祖父と父親とマーコの3世代の物語でもあります。そして同時に「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」との言葉に象徴される、シンボルとしての「月」を巡る物語でもあるようです。しかしダイナミックな展開の影にも「混沌の暗い深遠がぱっくり口をあけている」のが、オースター流。タイトルの「ムーン・パレス」とは、コロンビア大学の近くに実在していた何の変哲もない中華料理店だそうですが、1994年時点で既になくなっていたそうです。 

 

2019/8