りぼんの読書ノート

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帰れない山(パオロ・コニェッティ)

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1978年にミラノで生まれた作家の自伝的作品です。北イタリア山岳地帯の登山を唯一の趣味とした頑固な父親が、不和となっていた息子に遺したものとは何だったのでしょう。

主人公の少年時代、まだ父親に反発するなど考えも及ばなかったころ、父親は少年を連れて登山に出掛けていました。それは「誰よりも早く」を身上とする父らしく、さっさと歩いて頂上に着いた途端にさっさと下山するという苦痛に満ちた登山だったのですが、少年は麓の村で牛飼いをする同い年のブルーノと知り合うことができたのです。

やがて父の死後、ずっと村から離れることのなかったブルーノと父が交流を続けていたと知った主人公は、嫉妬と安らぎと救済を感じながらもブルーノと旧友を温め、再び山に登りはじめます。しかし、2人の山との接し方はあまりに対照的だったのです。

本書の原題の意味するところは「八つの山」だそうです。これは主人公がある老人から聞いた「須弥山の頂上を極める者と、周辺の八つの山を巡る者と、どちらがより多くを学ぶのだろうか」という言葉から来ています。父親やブルーノは前者であり、主人公は後者であるようですが、もちろんどちらが優れているというものではありません。主人公自身、「偉業を成し遂げるのは前者である」と語っているのです。

ただし本書で一番印象に残ったのは、父親からも息子からもブルーノからも慕われた、少年の母親の存在感でした。自ら何を目指すでもなく、他者に何かを強いるでもない者の包容力が、最も価値ある生き方なのかもしれません。ストレーガ賞を受賞した、正統派イタリア文学の香りを感じる作品です。

2019/5