りぼんの読書ノート

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臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ(大江健三郎)

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『燃えあがる緑の木』三部作以来、久しぶりに大江さんの小説を読みました。

大江さんの原点に「四国の森」があることは周知の事実ですが、もうひとつ「幼女趣味」もあったんですね。ただ、ノーベル賞作家としては幼女趣味をそのまま描くことはできません。幼くして死んでしまうポーやナボコフの「アナベル=ロリータ」と異なり、大江さんのアナベルは、大江さんとともに年を重ねていくのです。

占領軍の将校によって陵辱的な映画を撮影されたことのあるサクラさんは、渡米して国際的な映画女優になっているのですが、主人公は、中年にさしかかったサクラさんから自分を主役とする映画の脚本を書くように頼まれたことがありました。

ドイツの農民一揆を題材としたその映画は、大江さんがさまざまな作品で繰り返している維新前後の四国における「メイスケさんの一揆」と二重写しとなり、構想も膨らみますが、サクラさん自身も忘れようとしていた、少女陵辱映画の真実を知ることによって悲劇的な幕切れを迎えます。さらに数十年後、主人公は老いたサクラさんから再び、映画の脚本を頼まれるのですが・・。

大江さんは本書に関するインタビューで、「自分の描きたかったアナベルは美しく成長し、豊かな内面を持ち、それでいて危うい曲り角に立っているようで、しかも決して、自分の受ける傷に屈服しない女性像」と語っています。もちろん、その意図はきっちり伝わってきます。

それにしても、あの万延元年のフットボールが著者の力量不足を示す作品だったとは! 作者が本書の主人公に、当時は一揆のダイナミズムを描ききれずに、一族の祖先の話に矮小化してしまった・・と言わせているのは、少々ショックでした。あの作品には衝撃を受け、すごい作品だと思っていたものですから。

2007/12