りぼんの読書ノート

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ユルスナールの靴(須賀敦子)

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今世紀フランスを代表する作家ユルスナールに魅せられた筆者が、「彼女のあとについて歩くように」して綴った、美しい作品です。ユルスナールの作品と人生に触れながら、そこにそっと自分の人生を寄り添わしていく構成は、2人の女性によるハーモニーのよう。

いや、もっと重層的かな。「古代の神はすでになく、キリストはいまだ誕生していない時代」に「ひとりの人間として」立ち同時代のあらゆることに責任を負ったローマ皇帝ハドリアヌスも、無神論もまだ誕生していない16世紀のブルージュにて同時代のあらゆる知を追及した錬金術師ゼノンも、ユルスナールの分身として登場しているのですから。

ハドリアヌス帝の回想も、黒の過程も未読の者としては(その後読みました)、これ以上、ユルスナールの作品に踏み込むことは控えましょう。でも、『ハドリアヌス帝の回想』については、塩野七生が『ローマ人の物語』で、佐藤亜紀小説のストラテジーで触れていたので、とても他人とは思えないのです。

須賀さんにとってのユルスナールは、やはり時代の谷間において、ひとりの人間としてすっくと立ち、常に「きっちり足にあった靴」を履いて「どこまでも歩いて」いく人生をおくった女性なのでしょう。いや私などから見たら、須賀さんだって相当に「どこまでも歩いて」いった女性です。

「2人の人生を交錯させ一つの織り物として立ちあがらせた」本書は、2人の人生の豊穣さを味わあせてくれました。何よりも、理解の深さはさておくとしても、この本を読んで気分良く「人生はいいな。世界は広いな」と思わせていただきましたしね。

2007/6