りぼんの読書ノート

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地図のない道(須賀敦子)

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須賀敦子さんの遺構を含む作品集です。友人が贈ってくれた一冊の本に誘われてヴェネツィアへと向かい、中世から長い間監視され迫害をされてきた貧しい階層のユダヤ人居住地を訪れた著者は、生涯で一番辛かった日々のことを思い出します。それは、結婚して5年で夫と死別した直後のこと・・。「あのころの私は、ふつうに笑ったり、人と話したりできなくなっていたように思う。顔や声が笑っていても、もうひとりの自分がそれをじっと見つめているのに気づく」

「ザッテレの河岸で」では、「Rio degli incurabili(治る見込みのない人たちの水路)」という不思議な地名から、ヴェネツィアでコルティジャーネとよばれた高級娼婦たちに思いを馳せ、決して暗いイメージではない彼女らもやはり、辛い晩年を過ごしたのであろうと気づくまでが描かれます。「治る見込みのない病気」というのは「梅毒」のことだったのです。ザッテレの周りを歩いたこともあるけれど、ジェラートを食べた思い出しかない・・^^;

本書の須賀さんは、ユルスナールの靴「きっちり足にあった靴があればどこまでも歩いていける」と思っていた若い女性ではありませんし、コルシア書店の仲間たちで、「私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う」と力強く宣言した境地からも、さらに先に進んでいるようです。トルチェッロ島の古い教会で聖母子のモザイク画に出会う場面などは、彼女の「信仰告白」と読めなくもないんです。

本書を推敲中に亡くなられた須賀さんが、最後にたどり着いた地点はどこだったのでしょう。キリスト教徒でありながらローマ教会の権威主義に違和感を覚え、左派キリスト教徒たちの集う「コルシカ書店」に身を投じた須賀さんは、晩年「文学と宗教」というテーマで小説を書きたいと語っていたそうです。それを果たしえずに逝去されたことが、残念でなりません。

2010/4