りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

英仏百年戦争(佐藤賢一)

イメージ 1

西洋歴史小説の第一人者である著者が、英仏の中世史に挑みます。「それは、英仏間の戦争でも、百年の戦争でもなかった」と!!!1337年から1453年にかけてフランス王位継承権をかけて戦われた英仏両国間で闘われた戦争という常識は、冒頭から覆されてしまいます。

そもそもイギリス史を学ぶ者は、不思議な思いをするのです。ノルマン王朝もプランタジネット朝も、フランスに所領を持つ封建領主がイギリスを占領したにすぎないのですが、11~15世紀のイギリスがフランスの植民地であったことなど、教科書は触れていないのですから。結局、百年戦争とは、ともにフランスの封建領主である、ヴァロア家プランタジネット家の間で、フランスの盟主の座をかけて戦われた「内戦」だったというのが実情のようです。

ところが、途中から様相は変わっていきます。両陣営とも戦争に勝利するために、傘下の封建領主たちに対する指揮権と、強大な直属軍を維持するための全国的な徴税権を持つようになりますが、それらが両国民の間に「国民国家の意識」を、芽生えさせたとのこと。現在の常識となっている、百年戦争に対する認識は、国民国家の成立した後世の視点から作られることになります。だから、わかりにくくなる。

イギリスでは、16世紀のエリザベス1世の治世下、一連の史劇を著したシェークスピアの影響が大きいようです。一時的にフランス王位継承権を認めさせた「ヘンリー5世」のせいで「100年戦争はイギリス勝利」と思い込んでいるイギリス人も多いというのには、驚かされます。それじゃ、ジャンヌ・ダルクの出番もないじゃん!実際には、イギリスはフランスから追い出されて終わるのですよ。

一方のフランスでは、ナポレオンが長年忘れられていたジャンヌ・ダルクを「発掘」して、国民的ヒロインとして宣伝したことが伝説を産み出しました。どちらのケースも、国威発揚が必要とされていた時代に、歴史解釈を歪めてしまったということでしょうか。

ともあれ、佐藤さんの歴史を見る眼は確かであり、これが彼の歴史小説の魅力に繋がっていることが、本書を読んで、あらためて理解できました。この複雑な時代を、よくここまでわかりやすく書いてくれたものです。

2007/5