りぼんの読書ノート

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物語イギリスの歴史 上(君塚直隆)

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ほぼ単一民族の国である日本の歴史と比較すると、紆余曲折をたどるイギリス史は複雑なので、ときどき復習しないと混乱してしまいます。「王権と議会」をテーマとして上下2巻にまとめた手頃な新書を読んでみました。 

 

上巻は先史時代からテユーダー王朝が成立する16世紀まで。石器時代から青銅器時代までは、どこの国でもまあこんなもの。ストーンヘンジは特筆すべき巨大遺跡ですが、これもヨーロッパ大陸の各所に見られる巨石文化と同質のもの。しかし紀元前5世紀頃にケルト人が大陸から流入してきて、イングランドの歴史がダイナミックに動き始めます。 

 

そして紀元前55年にカエサルが侵略してくるのです。ハドリアヌスの長城や、道路網や、現代のロンドン、ヨーク、チェスターなどの植民都市が築かれますが、5世紀にはローマ人も撤退。ケルト系のブリトン人に対して、アングロ・サクソン系の所属が侵入してきた時代は「アーサー王伝説」を生み出すことになったようです。やがて「七王国時代」を経てアングル人の王国マーシアのオファ王が覇権を握りますが、それもデーン人が侵略してくるまでのことでした。アルフレッド大王やエドガー王が侵略を斥けてイングランドのほぼ全域を支配した時代はあったものの、1016年にはデーン人のクヌート1世が築いた北海王国の一部とされてしまいます。この時代が一番複雑ですね。 

 

次いでやってきたのがノルマン人。ヘイスティングスの戦いに勝利したノルマンディー公ギヨームがウィリアム1世として征服王朝を開いたのを皮切りに、イギリスとフランスの歴史が複雑に絡まりあってきます。アンジュー伯がヘンリー2世としてプランタジネット朝を開く直前に、ステーブン王とマティルダ皇妃が争った無政府期は『修道士カドフェル』の時代ですね。 

 

ともあれイギリスとフランスに所領を持つ征服王朝時代が続いたことが、地方領主である貴族たちが国王の強肩を抑えようとする潮流を生み出しました。失地王ジョンは1215年に「マグナ・カルタ」を認めさせられ、シモン・ド・モンフォールの反乱に会ったヘンリー3世は騎士や都市代表を加えた「モデル議会」の開催を余儀なくされます。 

 

イギリス王がフランス領を失うことになった「百年戦争」や、直系子孫の絶えたプランタジネット家の後継を巡ってランカスター家とヨーク家が争った「薔薇戦争」については、多くを書き記しておく必要はないでしょう。最終的には両家の婚姻によってヘンリー7世がテユーダー朝を開くことになります。そしてイングランド国教会を開いたヘンリー8世から、メアリー1世を経て、エリザベス1世が即位することになります。スペインの無敵艦隊を破ってイングランドの独立を保ち、シェイクスピアを産んだエリザベス1世時代でも、イングランドはまだまだ弱小国であったと著者は記しています。 

 

2019/12